サッカー。
何だよ、やれば出来るじゃないか。
何故これまであんなふうに戦わなかったのか。それが不思議。
昨日のサウジ戦のような試合運びなら、全勝も可能で、こんなに切羽詰まることもなかったろうに。
思うに、やはり、世代交代なのかな。
清武を軸にした若い布陣。しっかりと活き活きと機能していた。
私は素人ではあるが、本田は評価していなかった。ずっと、彼が若いころから、動きが重々しいような気がしてならなかった。ツボにはまると素晴らしいが、俺にボールを集めろ的な動きで、単に傲慢にしか思えなかったからだ。
清武はjリーグでプレーしていたときから好きだったが、いまでは完全に香川を超えたような気がする。彼の動きに連動したフォワードの躍動感。
それに加えて、ベテランである長谷部と長友はよかった。懸命に若い才能をアシストしていた。
固定はしなくてもいいが、昨日のメンバーはよかった。ベテラン勢はジョーカーでいいんじゃないかな。
ずっと観ていて、そんなことを思わせる、久しぶりにテレビ前の観客として、リラックスして楽しめた一戦だった。
大統領選挙。
負けたヒラリーも彼女を応援したオバマも、一見潔く、トランプが大統領に選ばれたのだから、彼を支援していこう、と大人の対応をしていたが、民衆は違うようだ。
トランプを嫌う人々は選挙から一夜明けた今日、激しくこの選挙結果に抗議のデモをしていた。投票数はヒラリーのほうが20万票多かったというのだから、応援した人々のデモはわからないでもない。
しかしも、そんなこととは別に、このデモ、私はうらやましく見ていた。
たった1日でこんな行動が起こせる。それは人々が政治を真摯に考えている証左だろうと思うからだ。
日本はこんなふうにはならない。とくに田舎は、あの人は顔が優しそうだから、あるいは「あの人に頼まれたから」投票する。そんな人々が殆どだ。
むろん、自分が気に入らない候補者が落選したからといって、抗議をしようなどという発想もない。
これはある意味、政治家--立候補者にとってはとても楽な国民性だろう。
それは政治家を選ぶときだけに限らない。私自身田舎者だが、ド田舎であるここいらでは医者を選ぶときーーというか、いい先生悪い先生を、腕では選ばない。
「あの病院の先生はやさしいからとてもいい先生」
「あの病院の先生はおっかないから嫌だ」
こんな会話がまかり通っている。
私に言わせれば、多少おっかなかろうと腕がよく早く治してくれる先生こそがいい先生だと思うのだが、とくに爺ちゃん婆ちゃんたちはどうも見かけや口調のやさしさ、耳障りのいい話をする医師を名医と認知しているようなのだ。
話は大統領選挙に戻るが、テレビを観ていると、ヒラリーの落選に涙する人々がけっこういた。
それは自分の一票に思いを込めた人々だけが流す涙なのだろう。涙を浮かべないまでも、支持者たちはみんな真剣な目をしている。それがとても印象的だった。
我が国の有権者は、自分の一票などなんの役にもたたないと思い、投票することに意義を見い出さず仕方がないとあきらめる。向こうの人々は自分の一票で何とか政治を動かそうとしている。そんな気がしてならないこの数日間だった。
それにしても、ヒラリーは我が国与党の組織を主体とした選挙戦をし、一見ちゃらんぽらんに見えるトランプは徹底的にどぶ板選挙を繰り返してきたらしい。
かつて田中角栄が言っていたようだ。選挙区を回った回数時間が票を左右すると。
そうしてみると、トランプは勝つべくして勝ったのかも知れない。トランプの傲慢さが日々非難されていたが、しかし彼は隈なく接戦地域と評されていた地域を回ったようだ。ヒラリーはそれをあまりしなかった。大票田だけを重視した。傲慢は彼女のほう。その差ではなかったろうか。
それにしても今回のアメリカの両候補。
我が国でいうならば、自公民の組織票の上に乗っかって負けた都知事選の候補者のようなのがヒラリーで、小泉純一郎や小池ゆり子さん同様の戦い方をしたのがトランプ。
そう思うのは私だけだろうか。
こんなのが出ていたけれど、よくわかるよね。どこで発表されているんだろう。
12月発売予定 (フランス)
天崎僚介『義母とママの友達(仮)』
御堂乱『敗戦国の女【全国民奴隷】(仮)』
神瀬知巳『僕の新居 嫁の母と嫁の妹(仮)』
天海佑人『夫の悪魔連れ子に調教されて(仮)』
宗像倫『悪魔アパート(仮)』
蜜蟲『未亡人狩りの旅(仮)』
機器音痴。
どこがどうなったのか、PCが初期化状態に陥り、この数日、途方に暮れていた。
原稿もう一つあるPCで書いているので支障はないが、この二つの機器、メルアドを同じにし、印刷なども一つのプリンターでできるよう設定してもらっているので、激しく困惑した。
とくにメール。まったく機能しなくなり、自分で判りもしないのにあちこちいじり回し、さらに悪化させたらしく、もうどうしようもなくなり、パソコン救援隊に解決を委ねた。
そのお陰で何とか復旧した。昨今は遠隔操作で対応してくれるのでとても助かる。
それにしても私の機器音痴ぶりは甚だしい。とはいえ、この時代どうしてもこの機器には付き合わなければ何も進めなくなっていることが忌々しい。
次の原稿はまだ三分の一ぐらいしか進んでいない。まぁ、何とか間に合うだろうが、いつもの愚痴だが、最近、店での肉体労働が苦痛になってきた。
とはいえ、やめるのも憚られるし、当分はこんな愚痴を繰り返しながら、二足の草鞋を履き続けるしかないのだろう。
いま現在は何とか書き続けていられるが、これはもう、明日にもオファが途絶えるかも知れない不安定感の中での日々なので。
話は極端に変わるが、たんに天婦羅にしただけのネギ、かなり、美味い。
お試しあれ。
昼は夏、夜は深秋。変な気候の昨今。
そろそろ終わりのようですが、大島の秋をお届けしましょう。同級生の名人から譲り受けたもの。立派です。しばし、ため息状態でした。
再刊行。
以前、他社で刊行した拙作が、今度はFから電子出版される。
まずは長編の三作品。編集が済み次第、随時売り出してくれるとのこと。
電子は私の場合、紙よりは売れないけれど、これはこれで十分な楽しみとなる。