小鳥遊葵(たかなしあおい)のブログ

主に短中超編の、埃をかぶっている小説を発表しようと思ってのブログです。よろしくお願いします。

あれから六年。

 早いのか遅いのか、あの震災から六年が過ぎ去った。午後二時四十六分、海に向かって黙祷しながら、脳裏に当時の光景を呼び戻していた。

 今なお、鮮明に蘇る。町のあちこちから火が燃え広がり、鹿折から大島までの海上が炎の帯となった。行き場を失い、フェリーが湾内にできた渦潮に翻弄され、何艘もの漁船がぶつかり合い、キシキシと音をたてながら真っ黒に燃え、あるいは沖や湾の奥へと流され、町の道路のすべてが川となり、濁流があらゆるところを飲み込んでいった。

 叫びが聞こえ、悲鳴が空気を揺らし、人々はみな、無情の上に立ち尽くしていた。私を含め、人々は明日からの羅針盤を悉く失った。達人が描いた地獄絵図よりも凄まじい光景が、前後左右どこを観ても延々と連なっていた。

 あれから六年。国は着実に復旧復興が成し遂げられつつあるという。

 そうかも知れない。しかし、それと同時に、人々は確実に六つ時間を重ね着し、動きもままならなくなりつつある。当事者である私たちはよもや忘れはしないだろうが、全国的にみれば、あのとてつもない三月十一日は風化への六年になっているとのことだ。それでも毎年、その日が来ればテレビが特集を組み、被災地を取り上げている。圧倒的に南三陸や岩手沿岸の画が多く、気仙沼地域はすくないが、膳場さんは今年も自ら当地に赴き、我々の地域の「今」を伝えてくれていた。ありがたいことだ。

 今日が過ぎれば明日がくる。その明日もどんな明日になるのかわからない。けれど、今を生きる私たちは、あの六年前のあの瞬間まで、元気に過ごしながら理不尽にも命を奪われた多くの人々の犠牲の上に立ち、今日をいまを過ごしていることを忘れないで、必ずくる「明日」と対峙しながら歩き続けるしかないように思う。

 

 それにしても、いつ見ても思うのだが、膳場さん、知的でとても綺麗だよなぁ。