小鳥遊葵(たかなしあおい)のブログ

主に短中超編の、埃をかぶっている小説を発表しようと思ってのブログです。よろしくお願いします。

新作。

表紙画が出来上がったようだ。

https://www.amazon.co.jp/dp/4829642149/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1488959750&sr=1-1&keywords=%E6%B7%B7%E6%B5%B4%E9%A2%A8%E5%91%82

昨日まではなかったが、今日、アマゾンのページに表紙の画があった。

いつものことだが、少しでも多く売れてくれれば、と思う。

 

 次作はまだフォーマットで22ページ。ま、5月までには仕上がるだろう。

今度のはプロットなし。メモ程度。

 担当はテーマさえおさえれば、ご自由にとのこと。

 一応、ストーリーは頭の中にあるのだが、一冊分を書くとなると、どこかで違うストーリーになるのは毎度のこと。

 いい加減この上ないが、それでも書かせてくれるのだからありがたいことだ。

 たとえ設計図通りにはいかなくても、それはそれで、充実させなければ自由に書かせてくれる人に申し訳がなくなる。

 少しずつではあるが、じっくりと書こうと、店の休憩時間に昨日まで書き進めたものを読み返している。

 

権威?

 昨日の大層な記者会見。

専門分野の「権威」のお墨付き、と繰り返していたのを観て、

(うわぁ、この人、こんなにも権威好きだったのか)とかなり驚いた。

自分には無関係なのに、観ていて赤面しそうだった。

 それにしても昨日の会見。お粗末この上ないような内容だった。学生のころに芥川賞をとり、華々しく世に出、ずっとちやほやされてきたのだろうが、この期に及んで、自分の非を認めようとしないあの姿勢は、武士(もののふ)でも侍でもない、単なる虚栄心の塊に過ぎない。

 「逃げる」ってことが最も嫌いな人間なら、都の最高権力者だったことは紛れもなかったのだから、臣下の間違いはすべて自ら泥をかぶる器量こそ、最も必要だったはず。昨日の会見ではそんなものは微塵もなかった。

 先にかつては蛇蝎のごとく嫌っていたような昭和の太閤を褒めちぎる本を書き一儲けしたばかりだが、角さんとの違いはそのあたりだろう。

 

 現都知事に対し、べらぼうなランニングコスト云々をかけていると非難し、世間に現都知事こそ訴えられて然るべき、と息巻き、盛んに訴訟するよう繰り返していたが、それとこれとは別問題。ランニングコスト云々以上に、べらぼうな大金を支払い、とてつもない瑕疵を内蔵した広大な土地を買ったことがいま騒がれていることをまったく理解していないようだ。

 必死にあのように論点を変えようとする涙ぐましい努力。少なくとも作家のすることじゃないだろう。

 作家としてはどうなのか知らないが、政治家としては最悪のケース。元都知事はまるで、現都知事との政治家としての「差」をあからさまにするためにあの記者会見を開いたように思え、他人事ながらとても情けない。

 

 それにしても、あの会見の構成。そして内容。どう考えても大「作家」? のそれではない。

 だが、唯一ではあるが功績もある。

元都知事はこの会見に於いて、「人はこうしてはいけない」という全国民に対する反面教師的役割を、充分すぎるほどに果たした。

新作。

 三月に刊行されるが、来週あたりからその次のを書き始める。

一応、プロットは求められるが、私の場合、いくらプロットを書いたところで、一度としてその通りに書き進めたことがないので、無いに等しい。

 基本的にプロットはつくらない。担当もあきらめたようで、どうせプロット通りに仕上がってこないと思っているらしく、これまでそれに対してのダメ出しはないことが救い。

 決めるのはテーマだけ。一応それは頭にあるので、来週から少しずつ書こうと思う。

何しろ、もう一つ仕事があるので、従業員の給料も払わなければならないのでそっちもおろそかにはできない。

 書くってのは頭脳労働ではなく肉体労働。その肉体労働を二つ抱えているので、体力的にはかなりきついが、老骨に鞭打ち、何とか期日前には仕上げるつもり。

 

 書くことだけに限定すれば、オファーさえあれば一か月に一本ぐらいはいけそうだが、そんなに依頼があるわけもないので、現状を何とか維持できるよう、せっせと升目を埋めるとしよう。

 あっ、税務署へ申告にも行かなきゃならない。

ゲラ校正が好き。

 何作書いても、無名作家(私の場合)の心境ってのは、原稿を送っても(本当に形になるのだろうか)--と

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いつも不安に思う。

 だが、ゲラが送られてきた時点で全身で安堵する。

 このゲラ校正。けっこう好きだ。これを送り返せば本になる。書き手にとって、本という形になるのが何より。あとはもう、一冊でも多くさばけてくれれば、とひたすら祈るだけ。

 この作品。前にここに書き込んだ理由で、四日間ぐらいで全編書き直したものだ。おかげでそのときの疲れがいまだに残っているような気もするが、それだけに思い入れがいつもよりはある。

 毎度のことだが、ほんと、売れてほしいなぁ。

新作情報!!

 何とか、というか、三月に刊行されるようだ。

それにしても新刊情報の早いこと。これはどこでどうすれば調べられるのだろうか?

担当からの報せより先に、ネットでの書き込みにより、自著の出る月が知らされる。

 

 危うくボツになりそうな今作だった。前に「赤面もの」と書いたが、全編を四日で書き直した。もう二度とこの轍は踏むまい。

 あの時期、どうかしていたのだろう。気力だけは人一倍あるが、体力の欠如著しいのか、集中できていなかったようだ。

 

 今年は元日から波乱のスタートだった。それが今なお続いている。

考えることばかりが多いが、まぁ、いい。

 おかげで退屈だけはしない。

 いまはもう、矢でも鉄砲でももってこい。そんな心境だ。

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赤面もの。

「つらつらと読み直し、直せるところは直してください」

そう担当に言われ、読み返してみたところ、一気に顔が引き攣った。

自分で書いていながら、こんなひどい原稿、これまで見たことがない。

冒頭から終章まですべてダメ。俺が編集者なら、即、作者もろとも切り捨てるような原稿だった。恥ずかしい。

 それにしてもなぜ? 仕上げて送る際に何度か読み直し、あちこち修正した完成稿のはずだったのに、まるで誰かが差し替えたかのようなとんでもなくダメなモノだった。

 これを数日で直す。今夜は店を信頼している人物にあずけ、夕方からはこの駄原稿修正に没頭している。

 

 でも、担当、優しいね。

「つらつらと読み直し、直せるところは直してください」だなんて。

見直せば、全部だもの。

 これまではこんなこと一度もなかった。ほぼ一発OKだったので、どこかに慢心があったのだろうか。いやいや、まだまだ慢心するほどの実績はない。

 魔が差したのだ、きっと。おそらくこんなのでは、F新人賞に出しても一次すら無理だったろう。

 よかったぁ、直す機会が与えられて。末席にいるとはいっても一応プロの端くれ。

自身、こんな恥ずかしい体験はなかった。 猛省!!!

北日本文学賞、受賞作品を拝読して。

 驚いた。

今回の受賞作品を読み、正直「?!」だった。

たしかに上手い。感嘆する箇所は多々あった。だが、その感嘆した箇所が私には「?!」だった。

 下読みの先生方、そして輝先生の選び方ーーというか嗜好、志向が変わったのだろうか。これほどに比喩、形容詞を多用した受賞作品の記憶がない。

 作者は美しく? 書くことにとても腐心されているように思う。それが「これでもか」というほどの…のようなにあらわされている。

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 そして極め付きは、

>>軒端の雨垂れが地面に落ちるぐらいの時間が必要だった。

>>池の向こう岸の波が、こちらに届くくらいの時間が過ぎ去った。

 

 この箇所だ。これは一見、違うようでいて、同じ表現だ。過去の輝先生なら切って捨てていた表現ではないだろうか。

 

 最初は、一瞬、二番目は、数分過ぎ去った、だけでいい。

輝先生ならそう言いそうな気がしてならなかったが、今回は受賞作品に推した。

 

 小説とは、そして人がする評価に接するとは難しいものだ。選考経過報告の文に於いても、そのあたりにも少し触れて欲しかった。

 

 今日は部屋の机の上に無造作に活けていた蠟梅が咲いた。一つの短編が書けそうなほどに香ばしい。